餃子は薬から始まった

南沢

2016/01/28

「日本の餃子は古いの?」
「えっ!そんなことないですよ。作りたてで美味しいよ」
「じゃあ、なんでみんな焼いて食べるの?」

 
そうなのである。
今から10年前、中国から友人が日本に来たときに
「日本の餃子はどれも日が経っている」と勘違いしたのである。
 
というのは、中国では主に水餃子が作りたてで、次の日は残ったものを焼いて食べるという具合だからだ。
日本のおせちのように、新年に家族が集まって餃子を作って食べ、その年の健康や財富を祈願する風習がある。
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<餃子は中国北方の食べ物として始まっていて豊富な種類がある>

そんな餃子であるが、もともとの名前は「かわいい耳」という名前だったそう。
餃子の起源は、薬を包んで疫病から庶民を守ったことに始まる。
多くの人が病に苦しむ中、この人たちを救いたいという気持ちから、皮の中の餡にカラダを温める羊肉や生薬を包んで、一日に2粒づつ配って食べさせたところ、たちまちにカラダが温まり、寒さや病気からカラダを守った。という話だ。

この餃子を作ったのが、中国の河南省出身の「張仲景」というお方。
張仲景といえば、のちの日本の漢方の基礎にもなる「傷寒論」の基礎を作った人として有名。
その張仲景の想いを守り、1800年もたった今でも庶民の食べ物として愛情を包み込んでいる。
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<粽(ツォンズ=ちまき)は、河に身を投げてしまった詩人屈原を嘆き、笹の葉につつみ霊に届けた>
こんなふうに、実は身近にある食べ物には日本では知ることがない物語がいっぱいだ。
 
生薬のひとつ棗(なつめ)。
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<一日3粒、血色のいい乙女な桃色肌になる>

これは、女性の婦人病に効くとされる「当帰(とうき)」にまつわるお話。
昔、誰もが入ったら帰ってこれない魔物の山がありました。
そこにはたくさんの秘薬があるとされていました。
若者は母親のすすめでお嫁さんを迎え、3年で帰ってくる約束をして出稼ぎに出ましたが、来る日も来る日も待てど暮らせど、彼は帰ってきませんでした。
悲しみにくれて病にかかってしまった奥さんは、違う人生を歩み始めます。
そこへしばらくすると彼が帰ってきました。
奥さんは悲しみのあまりに死を覚悟し、彼が持ってきてくれた薬草を手当たり次第に食べたところ、死ぬどころか病気が治って元気になったのです。
「当帰」とは、当然帰ると思った夫が戻らず、仕方なく再婚した女性がいたということを忘れないために名づけられたそうです。切ないです。。
でも、その薬草に女性のカラダを守る秘めたるパワーがあって名付けられたというから、興味深い名前の由来ではありませんか。
 
どこの国にもある物語は、きっと慈愛や勇気に満ちている。
だからこそお話とともに、そこにある食が大事に受け継がれていくのですね。

この記事の投稿者

南沢

あきゅらいず美養品 代表取締役

16年間大手化粧品会社の美容部員を務めた後、東洋医学に出会い「草根木皮たまり」を開発し、あきゅらいず美養品を設立。自然に自分らしくいられる「すっぴん生活」を提唱。スタッフとともにすっぴんで過ごしている。1967年東京・浅草生まれ。

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